潰瘍性大腸炎・クローン病
炎症性腸疾患(IBD)とは?
炎症性腸疾患(IBD:Inflammatory Bowel Disease)は、消化管に慢性的な炎症を引き起こす原因不明の疾患群の総称です。
主に、大腸に炎症が限定される「潰瘍性大腸炎」と、口から肛門までの消化管全域に炎症が起こりうる「クローン病」の二つに大別されます 。こ
れらの疾患は、消化管の粘膜にびらんや潰瘍を形成し、腹痛、下痢、血便といった症状を主として引き起こします。IBDは、症状のある「活動期」と、症状が落ち着いた「寛解期」を繰り返すという特徴を持つ、慢性的な経過をたどる疾患です
潰瘍性大腸炎とは?
2.1 病態と病変の特徴
潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜にびらん(ただれ)や潰瘍(深くえぐれた傷)が形成される疾患です 。この疾患の病態における最大の特性は、炎症が大腸の内側にある粘膜層に限定して起こる点にあります 。また、炎症は多くの場合、肛門に最も近い直腸から始まり、口側(上行方向)に向かって連続的に広がるという特有の進行パターンを示します 。
炎症の広がりによって、以下の四つの病型に分類されます。
直腸炎型: 炎症が直腸のみに限局している最も軽症の病型です。
左側結腸炎型: 炎症が直腸から脾湾曲部(大腸の左上部)までにとどまっている病型です。
全大腸炎型: 炎症が脾湾曲部よりもさらに口側に広がり、大腸全体に及ぶ病型です。
右側結腸炎型: 稀な病型で、右側結腸に炎症が集中します。
潰瘍性大腸炎の病変が「連続的」であり、「粘膜層」に限定されるという特徴は、クローン病の病態と明確な対比をなしています。この違いが、確定診断において内視鏡検査が不可欠である理由を明確にしています。医師は内視鏡を通して、炎症の範囲と深達度を正確に評価し、他の疾患との鑑別を行います。
2.2 原因の多層的解明
潰瘍性大腸炎の原因は未だ完全に解明されていませんが、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています 。その中心にあるのは、免疫システムの異常です。何らかの理由で免疫システムが自分の大腸粘膜を異物と認識し、攻撃を始めてしまうことが炎症の根本原因とされています 。
発症には、免疫系の異常に加え、遺伝的な素因も関与していることが示唆されていますが、潰瘍性大腸炎は単一の遺伝子変異によって発症する「遺伝性疾患」ではありません 。欧米では、患者の約20%にIBDの近親者がいるという統計があり、複数の遺伝子が発症リスクに影響を及ぼしていると考えられています 。しかし、特定の遺伝子型を持っていても必ず発症するわけではなく、遺伝的素因に加えて、食生活や衛生環境といった環境因子が複雑に絡み合った結果、発症に至ると考えられています 。
さらに、近年では腸内細菌叢の乱れ、いわゆる「dysbiosis(ディスバイオーシス)」が病態に深く関与しているという学術的な知見が注目されています 。腸内細菌叢のバランスが崩れることで、免疫システムが過剰に反応し、慢性的な炎症が引き起こされるというメカニズムが研究されています。この腸内細菌叢の乱れを是正する治療概念はまだ確立されていませんが、将来的に難治性のIBD患者にとって新たな治療の光となる可能性を秘めていると考えられています 。
炎症性腸疾患の主な症状と合併症
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潰瘍性大腸炎の主な症状は、慢性的な下痢、粘液や血液が混じる血便、腹痛(特に左下腹部)です 。炎症が強い活動期には、発熱、体重減少、貧血、倦怠感といった全身症状を伴うこともあります 。これらの症状は、寛解と再燃を繰り返しながら慢性的に続きます。
また、潰瘍性大腸炎は、腸管そのものに生じる合併症と、腸管以外の全身に現れる腸管外合併症を引き起こす可能性があります 。
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腸管合併症
大量出血: 炎症によって粘膜がもろくなり、出血しやすくなります 。
中毒性巨大結腸症: 腸管の運動が低下し、ガスや毒素が溜まることで大腸が異常に拡張する重篤な病態です 。放置すると穿孔のリスクが極めて高まり、緊急手術が必要となる場合があります。
狭窄・閉塞: 炎症が長期間続くと、腸管が狭くなったり(狭窄)、完全に閉じてしまったり(閉塞)することがあります 。
穿孔: 重症の場合、炎症が粘膜層を超えて腸管の壁に穴を開けてしまうことがあります 。
大腸がん: 潰瘍性大腸炎に最も注意すべき合併症の一つです。長期にわたる慢性的な炎症は、粘膜細胞の損傷と再生を繰り返し、遺伝子変異のリスクを高めることで癌化を誘導すると考えられています 。罹患期間が長い、炎症の範囲が広い、炎症が強いという要因があると、特にリスクが高まるとされています 。
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腸管外合併症
腸の炎症と免疫異常が関連して、全身に様々な症状が現れることがあります 。アフタ性口内炎: 口腔内に小さな浅い潰瘍ができます 。
眼症状: 虹彩炎やぶどう膜炎など、眼の炎症が起こり、充血や痛みを伴うことがあります 。
関節炎: 合併症の中で最も頻度が高く、膝や足首の関節に痛みが現れます 。
皮膚病変: 結節性紅斑(足や脛にできる痛みを伴う赤い腫れ)や壊疽性膿皮症(深い潰瘍)などが知られています 。
肝胆膵合併症: 原発性硬化性胆管炎など、肝臓や胆管に炎症が起こることもあります 。
クローン病とは?
病態と病変の特徴
クローン病は、潰瘍性大腸炎とは対照的に、口から肛門までの消化管のあらゆる部位に炎症が起こりうる病気です 。特に、小腸の末端部である回盲部に病変が集中する傾向があります 。
クローン病の病態を理解する上で、最も重要な二つの特徴があります。
全層性炎症: 炎症が腸管の内側だけでなく、粘膜から漿膜に至る腸管壁の「全層」に及びます 。この深達性が、腸管が硬く狭くなる「狭窄」や、腸管と他の臓器や皮膚がつながる「瘻孔」といった重篤な合併症の根本原因となります 。
スキップ病変: 炎症が飛び石状に、正常な粘膜と病変部が交互に現れるという、クローン病に特有の不連続な分布パターンを示します 。この病変は、内視鏡検査において、線状に深くえぐれた「縦走潰瘍」や、粘膜が盛り上がって石畳のように見える「敷石像」として観察されます 。
この「全層性」と「スキップ病変」という特徴は、単なる病気の定義に留まりません。なぜクローン病が潰瘍性大腸炎と異なるタイプの合併症(狭窄、瘻孔)を起こしやすいのか、そしてなぜ診断に大腸内視鏡検査だけでなく、内視鏡では届かない小腸を評価するための小腸内視鏡や画像検査が不可欠であるのかを、論理的に説明しています。
:原因の多層的解明
クローン病の原因もまた、自己免疫の異常、遺伝的素因、環境因子が複合的に関与していると考えられています 。この多因子性の病態において、近年、病態形成のより詳細なメカニズムが学術的に解明されつつあります。
AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の発表によると、クローン病患者の腸管内では、特定の脂質分子である「リゾホスファチジルセリン(LysoPS)」が増加していることが同定されました 。このLysoPSは、特定の遺伝子(ホスホリパーゼAをコードする遺伝子ECSF_3660)を持つ大腸菌(
E. coli)によって産生されていることが確認されています 。
さらに重要なのは、この脂質分子が病態を悪化させるメカニズムです。LysoPSは、獲得免疫細胞であるTh1細胞に高発現する「P2Y10受容体」と結合します 。この結合が、細胞内のエネルギー代謝経路である解糖系を活性化させ、炎症性サイトカインであるIFN-
γの産生を亢進させます。これにより、過剰な免疫応答が引き起こされ、腸炎が重症化することが明らかになっています 。
この最新の研究成果は、単なる学術的な発見にとどまらない大きな意義を持っています。LysoPS-P2Y10シグナル経路を標的とした治療法の開発、あるいはLysoPSを産生する大腸菌の除去法や酵素の失活法といった、全く新しいアプローチによる創薬の可能性を示唆しています 。これは、既存の治療法に限界を感じている患者様にとって、未来の治療選択肢となりうる重要な情報です。
クローン病の主な症状と合併症
クローン病の主な症状は、慢性的な腹痛(特に右下腹部)、血を伴わない水様性の下痢、体重減少、そして栄養障害です 。炎症によって栄養の吸収が妨げられるため、重度の体重減少や、鉄、ビタミンB12、タンパク質などの深刻な栄養不足が生じることがあります 。また、クローン病に特徴的な症状として、肛門周囲に膿瘍や痔瘻(膿の管)ができる肛門病変が高頻度で認められます 。
クローン病は、その病態の特徴から、潰瘍性大腸炎とは異なる種類の重篤な合併症を引き起こすことがあります。
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狭窄: 腸管の慢性炎症と線維化により内腔が狭くなり、食物の通過が困難になる状態です 。これにより、腸閉塞を引き起こすリスクがあります 。
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瘻孔: 腸管の深い潰瘍が原因で、腸管同士や、腸管と他の臓器、または皮膚の間にトンネル状の通路が形成されます 。瘻孔には、腹腔内臓器間にできる内瘻と、皮膚に通じる外瘻があり、特に肛門周囲にできる「痔瘻」は高頻度に見られます 。
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膿瘍: 瘻孔が原因で、腹部や肛門周囲に膿がたまることがあります 。
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穿孔: 重症の場合、腸管に穴が開いて破れ、腹腔内に腸内容物が漏れ出して腹膜炎を引き起こす可能性があります 。
また、クローン病でも潰瘍性大腸炎と同様に、アフタ性口内炎、眼症状(虹彩炎など)、関節炎、結節性紅斑といった全身性の腸管外合併症が発生することがあります 。
潰瘍性大腸炎・クローン病の検査と診断
炎症性腸疾患(IBD)の確定診断には、単に症状の問診を行うだけでなく多角的な精密検査が不可欠です。
1内視鏡検査
内視鏡検査の役割
内視鏡検査は、IBDの診断と治療において、最も重要な検査の一つです。大腸内視鏡検査は、潰瘍性大腸炎の病変範囲や炎症の活動性を正確に評価するために不可欠です 。また、長期にわたる慢性炎症が原因で発症リスクが高まる大腸がんのスクリーニングとしても、症状が落ち着いている寛解期であっても定期的な実施が強く推奨されます 。
クローン病においては、病変が小腸に多く見られるため、大腸内視鏡検査に加えて、小腸内視鏡や、負担の少ないカプセル内視鏡が診断に重要な役割を果たします 。これらの検査は、内視鏡では観察が困難な小腸全体の病変を詳細に評価するために不可欠です 。
- 大腸カメラ検査(大腸内視鏡検査)
潰瘍性大腸炎の病変の範囲や炎症の活動性を正確に評価するために不可欠な検査です。
- 小腸内視鏡・カプセル内視鏡
クローン病は小腸に病変が多いため、小腸全体を詳細に観察できるこれらの検査が重要となります。
1内視鏡検査
内視鏡検査の役割
内視鏡検査は、IBDの診断と治療において、最も重要な検査の一つです。大腸内視鏡検査は、潰瘍性大腸炎の病変範囲や炎症の活動性を正確に評価するために不可欠です 。また、長期にわたる慢性炎症が原因で発症リスクが高まる大腸がんのスクリーニングとしても、症状が落ち着いている寛解期であっても定期的な実施が強く推奨されます 。
クローン病においては、病変が小腸に多く見られるため、大腸内視鏡検査に加えて、小腸内視鏡や、負担の少ないカプセル内視鏡が診断に重要な役割を果たします 。これらの検査は、内視鏡では観察が困難な小腸全体の病変を詳細に評価するために不可欠です 。
- 大腸カメラ検査(大腸内視鏡検査)
潰瘍性大腸炎の病変の範囲や炎症の活動性を正確に評価するために不可欠な検査です。
- 小腸内視鏡・カプセル内視鏡
クローン病は小腸に病変が多いため、小腸全体を詳細に観察できるこれらの検査が重要となります。
潰瘍性大腸炎・クローン病の治療法
治療は炎症を抑えて症状をコントロールし、病状の悪化や再発を予防することを目的とします。
1薬物療法
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5-ASA製剤(メサラジン): 潰瘍性大腸炎の軽症から中等症の患者さんの基本治療薬です。
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ステロイド: 炎症が強く、症状が重い場合に一時的に使用されます。症状が落ち着いたら、徐々に減量していきます。
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免疫調整薬: 免疫の過剰な働きを抑え、長期的な症状のコントロールを目的として使用されます。
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生物学的製剤: 従来の治療薬で効果が不十分な難治性の症例や、ステロイド依存性の症例に適用されます。特定の免疫物質をターゲットにして炎症を抑える、比較的新しい治療法です。
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JAK阻害薬: 炎症を引き起こすサイトカインのシグナル伝達を阻害することで、炎症を抑えます。
2栄養療法(特にクローン病)
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経腸栄養療法(成分栄養剤・エレンタール): 消化管を休ませ、腸の炎症を鎮める目的で、特定の栄養剤を摂取します。
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食事管理: 腸への負担を減らすため、低残渣食を意識した食生活が推奨されます。
3外科治療(手術)
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潰瘍性大腸炎: 重度の合併症(穿孔や大量出血、がん化)がある場合、大腸の全摘出が検討されます。
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クローン病: 炎症による腸管の狭窄や瘻孔(腸と他の臓器や皮膚がつながる穴)が生じた場合、病変部位の切除が必要となることがあります。
日常生活の管理と予防の重要性
IBDは再発を繰り返す可能性があるため、日々の生活習慣が症状のコントロールに大きく影響します。
1食事管理
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低脂肪・低残渣食: 腸への刺激を最小限に抑えるため、消化の悪い食物繊維や脂質の多い食品を避けることが重要です。
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高タンパク質の食品: 体力維持のため、良質なタンパク質を摂取しましょう。
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避けるべき食品: アルコールやカフェイン、香辛料などは腸を刺激するため、控えることが推奨されます。
2ストレス管理
- 過度なストレスはIBDの症状を悪化させる一因となります。ヨガやウォーキングなど、適度な運動を取り入れ、リラックスできる時間を確保しましょう。
3定期的な受診
- 症状が落ち着いた「寛解期」でも、定期的に内視鏡検査を受け、病変の変化をチェックすることが大切です。
特に、炎症性腸疾患の患者さんは一般の方と比べて大腸がんの発症リスクが50~100倍高いと言われており、がんの早期発見のためにも内視鏡検査は不可欠です。
最後に
潰瘍性大腸炎とクローン病は慢性的な疾患ですが、適切な治療と生活習慣の改善によって、多くの場合、症状をコントロールし、日常生活を快適に送ることが可能です。
また、過敏性腸症候群(IBS)と似た症状(下痢など)で悩んでいる方の中には、IBDが見つかるケースもあります。下血がなくても、頻繁な下痢が続く場合は、一度内視鏡検査を受けることを強くお勧めします。
症状が気になる方、不安を感じている方は、お気軽に当院までご相談ください。
監修:仁愛堂クリニック 院長 小林俊一